特集 統合マネジメントシステム 全体最適化が企業のリソースをパワーアップする
「V字回復」を達成した経営者が考える統合マネジメントシステムとは何か、
構造改革で組織の「全体最適」を実現する
NTTソフトウェア株式会社 代表取締役社長 鈴木 滋彦 氏
悪化した経営状態を立て直す「構造改革」に着手し、わずか1年で劇的な業績の「V字回復」を達成したNTTソフトウェア。組織の全体最適を目標に構造改革に挑むベースとして、統合マネジメントシステムが活用されていたことは広く知られている。経営トップとして、統合マネジメントシステムをどうとらえ、どのように経営に活用しているのか、同社社長の鈴木氏にその考え方を聞いた。
構造改革に向けた「V字回復宣言」
本誌:貴社における統合マネジメントシステムの概要につきまして、ご説明いただけますか。
鈴木:当社では、1998年にISO9001、2002年にISO14001と情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)をそれぞれ取得していますが、2003年に私が社長に就任した際、全社構造改革の一環として、これら三つの規格を統合マネジメントシステム(以下、TMS)として再構築しました。
審査においても(財)日本品質保証機構が実施する「IMS運用証明書」を取得しています。
システムの特徴としては、TMS推進組織を「統合マネジメントシステム推進室」に一本化し、本来業務と一体化した運用を行っています。また、「火の見櫓(やぐら)」という「問題事前発見」の仕組みを構築・運用し、大きな成果を上げています。これは主に品質面のリスク管理機能ですが、同様に環境や情報セキュリティについてもリスクの低減を図っています。
本誌:TMSを含む構造改革に取り組まれた背景についてお教えください。
鈴木:当社は2000年から3年連続で税引前当期純利益が赤字となり、私が社長に就任した2003年には経営状況が非常に悪化していました。売上げがピークの年に赤字に転落したわけですが、社員の質もよいし、能力もあるのになぜ数字がそうなるのかという点にポイントを置き、副社長に就任した2002年に、現場の実態把握、経営データ分析、社員からのヒアリングにより、この会社の問題点を徹底的に洗い出しました。
その結果、経営を取り巻く大きな二つの環境変化への対応が充分ではなかった点が主な原因だということがわかりました。一つは売上構造の変化です。会社が順調に伸びてきた背景には、NTTの大型プロジェクトがありました。長期間同じチームで仕事をしていれば人も育つし、収入も安定していましたが、その当時からプロジェクトがどんどん小型・短期化していき、売上げが減少したにもかかわらずプロジェクト数は逆に増えていました。プロジェクト数が増えれば、当然リーダーの育成も必要でしたが、そうした変化への対応が不充分でした。
もう一つは顧客ニーズの変化です。従来の商品に対するニーズから、自分の悩みをどう解決してくれるのか、つまり曖昧な課題を具体化する段階から、ソリューション提供まで求められるようになっていたにもかかわらず、社員のマインドは受託請負開発の姿勢のままでした。
希薄だった“危機意識”
本誌:構造改革のポイントをどのような点に置きましたか。
鈴木:お話ししたような状況に対応するため、「組織と人事とマインド」の改革を柱とした構造改革を断行し、1年で業績回復をする「V字回復宣言」を行いました。
詳細は省略しますが、会社の構造を改革すると当然組織を変えることになります。組織を変えることは、何を重要視するか評価するポイント、経営のプライオリティが変わるということです。
評価するプライオリティが変わっても人事・評価システムを変えなければ社員はその方向に動きませんので、人事・評価システムにも手を入れました。
状況は絶えず変化しているわけですから、事業計画を立てる時にも来年はどう変わりそうかということを読み取って先取りできなければいけません。そして考えている時間が長ければその間にまた世の中は変わっていきます。つまり変化を読み取ることと、そのスピードをセットにして改革する必要がありました。
本誌:組織的な弱点はどのような点でしたか。
鈴木:危機意識がなかったということです。端的にいえば、「“NTT”と名前がついている会社は潰れない」と思い込んでいることです。
そこで「V字回復宣言」をした時に、「1年で黒字を達成できなかったら会社を潰して自分も辞める。NTTグループの役に立たない会社は、潰すしかない」と宣言しました。そのように危機感を煽り、共有することがまずは重要でした。
全体最適化のためのTMS
本誌:その中でISOへの取組みについてはどのような印象を持ちましたか。
鈴木:ISO9001は1998年に導入し、ソフトウェアの品質向上への取組みは行っていましたが、トラブルは多いままです。これは一体何かと考えると、マネジメントシステムを経営に生かす仕組みにまったくなっていないということです。
品質も環境も情報セキュリティも共通部分が多いにもかかわらず、すべて担当が別でそれぞれのマネジメントシステムを一生懸命回している。つまり、ISOに限らず事業のやり方そのものが「部分最適」だったということです。
会社全体の利益を考えれば、他の事業グループの応援をした方が利益になるということもあります。そのため、自分の担当さえよければいいという「部分最適集団」を崩し、「全体最適集団」に変化させることを構造改革の大きな目標としました。
TMSの本質は組織に横串を刺すこと
本誌:全体最適のための構造改革の一環としてTMSも進められたわけですね。
鈴木:各事業グループを縦串だとすると、その事業グループに横断的な横串を刺すこと、まさにそれがTMSの本質です。
例えばリスク管理については、冒頭で申し上げた「火の見櫓チーム」で行っていますが、このチームは事業グループから独立しています。このチームが全プロジェクトを横断的に見回るなど絶えず現場の問題を把握しています。
つまり、TMSで横串を刺すためにどうしたらいいかという技術論ではなく、経営を効率よく立て直す視点で社員の意識改革を行った結果のマインド変化そのものがTMSの考え方と合致していたということです。
本誌:具体的には。
鈴木:例えば、各事業ユニット長には自組織の目標を100%達成しても100満点中70点の評価しかしません。事業ユニットの目標達成という部分最適だけでは不充分ということです。残りの30点は上部組織への貢献度で評価します。
例えば、余った人員を外へ応援に出したりすることなど、会社全体が持っているリソース、パワーを最大限に発揮すること、死んでいるリソースを生き返らせ、組織が本来出せるパワーをいかに発揮させるかということ、それが全体最適のマインドに改革するということです。
社員との対話
本誌:マインド改革が重要なポイントだったようですが、TMSを含めどのように着手されたのですか。
鈴木:「社長キャラバン」と呼んでいますが、1回に10~15人を集め2~3時間かけて社員と直接的な対話を始めました。現在まで行っており、すでに3年間で90回行っています。
始めたきっかけは構造改革に乗り出す時、全社員に構造改革の狙いを一度に理解させることは不可能ですから、まず現場のオピニオンリーダーとの連携を重視しました。しかし、こちらも相手もお互いによく知りませんし、社内で誰が頼りになるのかもわかりません。そこで誰がオピニオンリーダーなのか、それを探すことも兼ねて社長キャラバンを開始しました。なぜ、構造改革をせねばならないか、どうするのかを話すことと合わせて、頼りになる社員を探し始めました。
その中で話をしていくうちに「こいつは面白い」という人物が出てきます。特に当社の面白いところは、NTTではあり得ないような乱暴な口の聞き方をする連中がいることでした(笑)。「この際だからいわせてもらいますけど、この会社は経営者がなってないんですよ」なんて(笑)、言い方は乱暴ですが、なかなか面白いことをいう「これは」と思う人材、つまり会社を何とかしたいという私の思いが伝わった人材を集めて「戦略タスクフォース」を結成しました。
タスクフォースでは、私が作成した構造改革の骨子を元にしましたが、当社のミッション・ビジョン、基本理念、これらはすべて社員が作りました。コンサルタント会社に作ってもらったものでは熱さが伝わりませんからね。コーポレートスローガンは、時間切れで記者会見の直前に私自身で作りましたが。
本誌:構造改革はスムーズに進んだのですか。
鈴木:相当な荒療治をしましたから現場では絶対に問題が起こるだろうと予測していました。その現場で起きた問題を一つ一つ解決しながら進むため、さらに「フォローアップタスクフォース」を設置しました。構造改革の方針に添って組織も人事も変えましたから、現場で起きた問題を早めに吸い上げて、テーマを決めて経営幹部に答申するチームです。
しかし、このチームを固定すると必ず社長の取り巻き集団になり、タスクフォースを通さないと現場の声も社長に入らないという変な権力を持ち始めることになります。そこでメンバーは3ヵ月の任期制とし、その時のテーマを討議し、答申を上げた時点で、次のメンバーと交代させました。
ただし現場に戻ったら、この活動を通じて得たマインドを皆に伝え、同じマインドを持った人間を2人作って欲しい、と頼みました。1年間で4チーム、先の戦略タスクフォースと合わせて5チーム、約50名。それが各々2人を巻き込めば計150名。150名というと全社員の1割にあたります。このマインドを変革させた1割の社員が現場でリーダーシップをとれば会社は必ず変わると思いました。
業績回復とTMSの因果関係
本誌:その結果、劇的な「V字回復」を実現されたわけですが、この業績回復とTMSの因果関係についてどのようにお考えになりますか。
鈴木:当社では、TMSの目標自体が事業計画目標の一部となっていますから、その成果が利益や売上げに結びついているといえます。
例えば、TMSのリスク管理は経営へダイレクトに効いています。特に「火の見櫓」については、製品のリスク管理の効果として、トラブルが80%削減されています。
また、顧客満足度は、「顧客満足度診断」として実施しています。単にアンケートで満足度を調査し、悪かったら今後気をつけろでは意味がありません。診断結果が悪ければ、顧客に詳細なヒアリングをし、明らかになった問題点への対策を打つだけではなく、必ず対策の結果を顧客にレポートします。そこまでやってお客様に喜んでもらうことも顧客満足の一部です。
情報セキュリティについては、「情報セキュリティ110番」というシステムを作りました。そのおかげで、一時期は事故がたくさん報告されました。今までは現場で隠れていたからでしょうが、それも激減しています。
そして情報を全員が共有する仕組みを作り、同じ間違いを二度は起こさないことを徹底させています。
企業活動のトライアングル
本誌:3年間運用されたTMSは、現在、経営システムとしてどのように位置づけられていますか。
鈴木:企業活動には、社員がいて商品があり、その社員と商品で支えているお客様がいます。
社員のためには人材育成を行って社員の質を高め、商品の質を高めるためにリスク管理を行います。それによってお客様を支えた結果、お客様が満足されたかどうか、そのためにCS診断があります。この三つのサイクルを回し続けることが当社の企業活動そのものです。
この企業活動を支える業務インフラがTMSで、その下に心のインフラである基本理念があります。基本理念とTMSがすべてのプラットホームであり、その上で企業活動を行っているというイメージです。
そして、このプレーンからのアウトプットが株主と社会に貢献します。
経営者によっては、顧客と株主を同一プレーンに並べる方もいますが、私は間違っていると思います。顧客と株主を並べてしまうと、事が起きるたびに顧客と株主のどちらを優先するか経営者として悩みます。その結果、この問題は株主を優先するということを短期的に行っていると顧客は離れていきます。
顧客と株主は同一プレーンに並べてはいけません。株主は経営を付託しているのですから、このサイクルを回すことで利益を上げれば株主も喜ぶし、社会にも貢献することができます。
“規格ありき”ではないTMS
本誌:それでは、今後の課題についてお聞かせください。
鈴木:今後はJ-SOX法に従った内部統制に関する新しい管理項目も出てくるでしょうが、それらもTMSでカスタマイズできると思っています。TMSは品質、環境、情報セキュリティの枠で閉じることなく財務、法務などの監視もチェックできる仕組みだと思います。
また、リスク管理についても今は品質がメインですが、個別に取り組んでいる企業倫理やメンタルヘルスも、今後はTMSに取り込むべき重要な課題だと考えています。
本誌:最後に、統合マネジメントシステムを進める上で、経営者の立場からアドバイスをお願いいたします。
鈴木:最初から規格ありきでなく、まず経営者が会社をどうしたいのか、そのビジョンを明確にし、進めるためのフレームワークとしてISOの仕組みを使えばいいのではないかと思います。
規格に合わせて仕組みを作っても、本来の業務に合わないと無理が出てきます。あくまでも認証取得は手段であって、目的になってはいけません。
何のためにISOに取り組むのか、それを間違えないこと、自分たちのプロセスをどう改革したいかを徹底して考えた上で進めるべきです。
本誌:本日は、貴重なお話をありがとうございました。(取材:アイソムズ編集室)
■「部分最適集団」を「全体最適集団」へ変化させることが構造改革の大きな目標だった、と語る鈴木社長。
■図1 基本理念
■図2 企業活動のトライアングル
<アイソムズ 2006年12月号掲載>

