特集 統合マネジメントシステム 全体最適化が企業のリソースをパワーアップする
現場の問題解決のため運用側の声も反映した英知の結晶、
ダブりやムダのない使いやすい規格
ビーエスアイジャパン株式会社
営業部 ストラテジックプロジェクトマネージャー 環境マネジメントシステム主任審査員 水城 学 氏
ISOマネジメントシステムの究極目標は一本の経営マネジメントシステム。2006年8月31日に発表されたPAS99にはBCMの考え方やコンプライアンスも入り、経営を強く意識している。この統合マネジメントシステム規格についてビーエスアイジャパンの水城マネージャーに聞いた。
運用側からの要望でできた規格
本誌:まず、PASとは「publicly available specification:入手可能な公開された仕様」ということですが。
水城:PASとして有名なのはこのPAS99と、今話題のBCM(事業継続マネジメント)の仕様で、間もなくBS25999という規格になる予定のPAS56です。PASは、BS規格の予備軍だと考えていただくと理解しやすいかもしれません。
通常のISO規格や欧州のCEN規格は、品質なら品質、環境なら環境、食品なら食品という産業界のニーズがあって、各国から集まって議論して国際規格になるのが一般的ですが、PAS99の場合は、品質や環境というマネジメントシステムを回していく組織が抱える問題という、いわば運用側のニーズから出てきました。また、オランダの規格協会や、英国の環境審査員評価登録機関(IEMA)など多くの団体が入って作り上げましたので、ダブりやムダのない、使いやすい規格になりました。
本誌:現在、このPAS99を日本で積極的に展開している理由は。
水城:私どもでは今3,000件くらいのお客様に登録していただいていますが、そのうちの1割くらいが複数の認証をお持ちです。そういうところに審査でお邪魔しますと、やはりシステムをどのように統合したらいいのか、あるいは他のマネジメントシステムも運用したいが、文書ばかり増えて運用ができなくても困るからいい方法はないかという声をよくお聞きします。そこで、この規格を使うことで、認証組織のお力になれればと考えています。
本誌:世界各国でニーズがあった。
水城:そうですね。先月、イギリスで今後PAS99に関心のある国々の主要なメンバー向けの研修を受講しました。中国、インド、イタリア、アメリカ、ドバイ、トルコなどから来ていましたが、国の区別なく、全世界で前述にあるような問題を抱えていることを実感しました。
本誌:規格作成開始はいつ頃ですか。
水城:具体的にPASの規格を作ろうと決定したのは2年くらい前です。しかし、私の先生でもあるDavid SmithがBSIにいた頃、IMSの仕様を作るべきだという本を出して好評を博し、彼が議長になって審査員を集めたり規格畑の人から意見を聞いたりし始めたのはもう10年前です。
本誌:中身はガイド72の方針、計画、実施運用、パフォーマンス評価、改善、MRを回す仕組みですが、特徴は。
水城:PAS99の特徴は、リスクマネジメントの考え方です。ISO9001はプロセスベースで構成された規格で、ISO14001やOHSAS18001はリスクベースで構成されていますから、PAS99の構造はISO14001やOHSAS18001に近いです。しかし、ISO9001も使えないわけではありません。
本誌:リスクマネジメントは日本の弱い部分かと思いますが、「どういうものがあるとよくないから、それを排除する」ということですか。
水城:そうですね。そもそもリスクという言葉は不確実性を表す用語で、確かに今あるリスクをできるだけゼロに近づけるという、マイナス面の管理という文脈で使用されることが多いことは事実ですが、アスペクト(側面)には、今あるものをさらに伸ばすという面もあります。起こりうる事象の中で組織にとって有益、有害双方の想定可能な影響を与える源ととらえた方がいいでしょう。
本誌:PAS99は重要なものに絞り重点的に管理できるということですが。
水城:ビジネスにはいろいろなアスペクト(側面)がありますから、それらを特定してその中で評価を行い、重要なものに絞ってピンポイントで管理策を当てていきます。今までのようにばらばらに運用していると、例えばある製品について環境面ではその製品の廃棄段階で発生するプラスチック廃棄物が重要ですが、一方品質面を考えるとその材質の使用が有用といった時に、別々の管理では廃棄物とその材料選定との比較はできません。ただし、製品の製造や廃棄物の排出というプロセスは一連で行われていますので、廃棄物の側面と製品品質の側面をリスクという観点からどう考えるかが問題です。それを、規格を意識することなく現場重視で作業ができるようにその重要性や優先順位を経営として意思決定し、二重作業や矛盾の関係を回避して、結果として両方の側面のニーズをバランスさせるようシステムを設計していくことになります。
本誌:今までのように、個別の規格に合っているかどうかをチェックリスト式でやっていくのではなく、仕組みができていて、そのとおりにやれば規格にも適合していると。
水城:そうです。規格の側から現場を見ていたのを、現場の側から規格を見ようという発想になってきて、PAS99もそういう考え方です。ですから、審査も難しいのです。今後はマネジメントシステムに対する専門性と、業界業種に対する専門性、そして高度な審査技術、そして経営に関する造詣などの多面的なバランスが求められるようになります。
本誌:どこの業種でも大丈夫というのは、なかなか難しくなりますね。
水城:われわれの抱えている審査員のキャパシティもありますので、どんな組織の審査も可能というわけではありませんが、特に情報セキュリティマネジメントは経験豊富で多くの業種で均等に登録いただいていますから、それなりに人を育成してきたつもりです。あまり特殊な業種ですと審査員がいない場合もあり得ますが、今までやってきた一般的な業種であれば、特に問題なくクリアできます。ただ、PAS99が対象とするISO9001、ISO14001、ISO27001、ISO22000、ISO20000、OHSAS18001全部を一度にという場合にはBSIグローバルで考えなければいけないことになると思いますが、今のところ二~三つのマネジメントシステムを運用する組織が多く、最高でも四つのアスペクト(側面)を対象にしたシステムの経験は持っています。
全体最適を考える経営志向
本誌:PAS99は時間や工数を削減できる他、経営ともリンクすると。
水城:経営は、ある側面から考えるのではなく、多くの側面を考えながらトップが最終的にディシジョンするものです。バラバラな側面を対象として意思決定していくと、一つ一つは正しくても(部分最適)、トータルで考えると相反することも出てきます。
環境と品質でいえば、いい物を作るのは当たり前ですが、環境を配慮することでコストが上がりますから、最終的に品質を担保するために行っているのに、環境にあまり配慮するがゆえに、逆に品質の側面を見落とすというトレードオフ(二律背反)の関係が出てきます。それを一つの目で見た時に、どれを優先するか、という全体最適で判断できるようになります。
そしてもう一つは、先ほどお話したBCMです。環境や労安規格に入っている緊急事態のビジネス版です。要は事業が継続できなくなるような事態が起こる前の事前の策の準備と、起こった後の事後の策をきちんと用意しておきなさいという要求です。例えば従業員の会社に対する不満がたまっていてストライキを起こしたり辞めてしまったり、従業員が会社の重要な機密情報を持ち逃げして売ってしまったりすると事業が継続できなくなります。PAS99はこういった事業が継続できなくなるような事態を避けることを求めています。
本誌:PAS99にはコンプライアンスも明確に書かれているそうですね。
水城:法規制順守という項目で、「ビジネスに適用されるすべての法規制を洗い出して特定しなさい、それを守っていくための手順を作りなさい」という流れになっています。今までの、例えば環境の法律順守は環境法規制の領域の話で、三六協定違反の残業でも環境法規さえよければよかったのですが、PAS99では、そのマネジメントシステムの範囲内であれば安衛法や財務に関する法規制も適用になります。
本誌:セクショナリズムがなくなって、チームワークもよくなる。
水城:規格が順を追ってできてきたこともありますが、環境は環境、品質は品質とシステムが二重でばらばらになっていたり、つながっていなかったりします。統合マネジメントシステムは視点を同じにしなければなりませんから、複数の視点から会社にとって一番大事なことは何かという観点になり、コミュニケーションがよくなるのです。
本誌:マネジメントシステムは、文書化が大変だといわれてきました。
水城:規格の要求のコアエレメントという共通部分はかなり整理されていますから、それに沿ってシステム文書を作るとスムーズです。ただし、例えばISO9001にあってPAS99にないものは独自の手順を残すしかありません。組織の規模によって、中小企業では一つにした方がいい場合が多く、大企業はコアだけ一緒にして下位文書は個別に管理した方がいいというケースもあります。文書の体系は組織が管理しやすいものにすればいいと考えています。
本誌:審査は個別規格ごとですね。
水城:個々のマネジメントシステムの認証審査という意味ではそうですが、その中でPAS99の審査を行う形になります。初回だけはPAS99用の工数を若干上乗せさせていただきますが、それ以降はPAS99も含んだ形で統合審査を行います。ISO9001は適合、PAS99は不適合という場合もあり、逆にISO9001独自の要求事項の抜けもあるかもしれません。
本誌:ある規格の更新時期に統合と。
水城:それが多いですね。ただし、審査登録機関の切り替え時期に合わせて審査を実施する場合は期の途中もあります。QMSが先に入っていて、その後EMSとOHSをくっつけたシステムを別に作ってしまい重くなっている組織もありますので、合理的な方法として統合をご提案しています。ただし初期段階でのリソース投入がありますから、時期はご判断くださいという形になります。
一本の経営マネジメントシステムに
本誌:今後統合が進んでいくとマネジメントシステムはどうなりますか。
水城:最終的には一本の経営マネジメントシステムになるでしょう。そんな中で、今われわれが注目しなければならない側面は何かということで、現在のところ、IT企業はISMSを選んでいるケースが多いというだけの話です。
最後は一つのシステムで、その中での重み付けが違うという形に昇華していくと思います。今はその過渡期ではないでしょうか。
本誌:SOX法や会社法などで、マネジメントをしっかりやれという時代の流れとも相通じますね。
水城:時代の潮流という意味では同じ文脈でとらえています。統制という言葉を使わないまでも、マネジメントという、目標を達成するための手段や仕組みですから、ニアリーイコールといっていいでしょう。
本誌:統合は、今までしてきたことをどこまで否定できるかですね。
水城:今までシステムのおもりをしてきた人にはプライドや蓄積がありますから、それを失いたくないという反発もあります。そこで経営者がいかにメリットを強調して社員を説得できるかが重要です。統合はトップが意思をもってやらないとなかなか動きません。運用するのは社員ですから、そのメリットと、会社を変えるのだという意思表明ができないと、だれもついてきません。最初からエクセレントモデルというものはなく、試行錯誤が必要ですが、トップの強いコミットメントをもってすれば、当初複雑なシステムも、経営ニーズに沿うべくだんだんスリム化していくものです。
本誌:PAS99は2年に1回改訂する。
水城:見直すことになっています。ISO規格も5年に一度見直しすることになっていますが、実際には議論の結果として発行されるまでには8年くらいかかります。PAS99も、次は3年後くらいになるのではないでしょうか。
本誌:今後の課題は。
水城:われわれがこのPAS99の考え方をもっと浸透させていく必要があると思います。統合規格というと万能だと思っている方が多いので、そうではなくコアの部分をPAS99でカバーするという規格のコンセプトを伝えていかなければなりません。12月21日、22日に教育事業部で演習も含めたシステム構築の第一回インプリメンテーション(導入)コースを20人定員で行いますが、来年は全国で5~6回行おうと考えています。
本誌:PAS99の審査員は。
水城:BSI内部での審査員はいます。統合審査員は数多くいますが、今のところPAS99審査員は私を含めて数名ですので今後増やしていきたいと考えています。おそらく年内に8名になりますが、来年はさらに10人くらい追加したいと考えています。
本誌:PASの審査員になる人とは。
水城:ISO9001など個別規格の審査員に必要な力量がまず認定基準上決められていて、PAS99の審査員はそういう力量を持っている人から優秀な人間をピックアップしていきます。
本誌:いくつか審査員資格をお持ちの方も、自分の強み弱みがあります。
水城:そこで弱い部分を補強する形でメンバーを増強しています。少なくても複数の主任審査員が必須です。審査員の質が落ちてしまっては、結果としてわれわれにとってマイナスになりますから、ここは重要です。
本誌:内部監査員の育成は。
水城:統合マネジメントの力量を規格が求めていますから、他の規格や統合の概念も勉強してもらいます。社内で力量を担保することが規格の要求ですが、私どもで内部監査員コースもやっていくつもりです。
本誌:本日はご多忙の中、興味深いお話をありがとうございました。(取材:アイソムズ編集室)
■PASを開発したスタッフと直接ディスカッションをしており、BSIジャパンとしては規格の意図を正しく伝え、多くの組織で使っていただき、その意見を英国にフィードバックしたい、“Publicly”、“available”に加え、さらに“useful”にしたいと語る水城氏。
■PASとは
■IMSの構造
<アイソムズ 2006年12月号掲載>

